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    2010.08.10
  • posted by kenshin.

Jean Dubuffet ~ artbrut~











戦争は芸術家にとって、二つの試練を与えます。一つは自由な創作活動の停止とプロパガンダ作品制作への強制、 あるいは、祖国からの脱出。もう一つは「人間性の喪失」という題材の画一化です。 とりわけ画家たちにとって二つの世界大戦は、キュビズム、ドイツ表現主義から様々な抽象絵画を生み出すこととなりました。 そして第二次世界大戦の破壊や殺戮による傷跡が癒えない時期、1945年前後のパリのドルーアン・ギャラリーで、絵具をキャンバスに不安定に激しく盛り上げてほとんど形を失った人体像などを描いていた画家たちが現れました。 その一人にジャン・デュビュッフェがいました。彼らの運動は「アンフォルメル」と呼ばれました。





















人間自体に対する否定を含んだこうした激しさのある絵画は表現主義の一種であり、第一次世界大戦後の復員兵らによるドイツ表現主義とも共通するものがあるが、デュビュッフェらは素材感やマチエール(絵の表面の肌合い)を重視し、形態が失われるほどの抽象化を進めた点で異なっていた」。 「デュビュッフェは従来の西洋美術の洗練された技法や様式、巨匠の名人芸といったものに価値を認めなかったばかりか、西洋文明そのものを痛烈に批判し、子供、『未開』人、精神障害者などによる絵画を『アール・ブリュット=生(き)の芸術』と呼んで賛美した。

アール・ブリュットとは、既存の美術や文化潮流とは無縁の文脈によって制作された芸術作品の意味で、 英語ではアウトサイダー・アートと称されている。加工されていない生(き)の芸術、伝統や流行、教育などに左右されず自身の内側から湧きあがる衝動のままに表現した芸術である。 「芸術はわれわれが用意した寝床に身を横たえに来たりはしない。芸術は、その名を口にしたとたん逃げ去ってしまうもので、匿名であることを好む。芸術の最良の瞬間は、その名を忘れたときである。」芸術家ジャン・デュビュッフェの言葉は、アール・ブリュットの概念を総括する根幹としてとらえることができる。アール・ブリュットの作者たちは、あらゆる文化的な操作や社会的な適応主義から自由なのだ。彼らは精神病院の患者、孤独に生きる者、社会不適応者、受刑者、あらゆる種類のアウトサイダーたちなのである。

これらの人々は、沈黙と秘密そして孤独の中、独学で創造活動を行っている。いっさいの伝統に無知であることが、彼らをして創造性にあふれ、破壊的な作品制作を可能にしているのだ。ジャン・デュビュッフェいわく、「われわれが目の当たりにするのは、作者の衝動のみにつきうごかされ、まったく純粋で生の作者によって、あらゆる局面の全体において新たな価値を見いだされた芸術活動なのだ」。ジャン・デュビュッフェはアール・ブリュットという概念の提唱者であるのみならず、アール・ブリュット・コレクションの創始者でもある。1971年、デュビュッフェは、当時すでに5,000点を超えていたコレクションをローザンヌ市に寄贈したのである。これをうけ、世界にも例をみないユニークな収蔵館が1976年、18世紀の貴族の邸宅「ボーリュウ館」を改修して誕生した。  現在、収蔵作品は3.5万点におよび世界中から年間約45000人の観覧者が訪れている。
昨今、2007年頃から日本でも、アール ブリュットの活動が行われるようになり、最近ではテレビにも取り上げられて、 より多くに人に存在を知られるようになった事はすばらしい事だが、その裏腹に、アール ブリュットの本質的な見解が薄まってしまった感じは否めない。 例えば、デュビュッフェ自身は知的障害者が描いたものとは一切言っていないが、狭義にはそういった障害者の作品を指していうことがままあり、一般的にもアウトサイダーアートというと知的障害者、精神障害者あるいは精神病患者が精神病院内におけるアートセラピー(芸術療法、クリエイティヴ・セラピーの一種)などで描いた絵画と思われがちだが、必ずしもそうではなく、芸術作品で生計を立てたり、既存の団体に発表することなく、独学で孤独に作品を作り続けた人達、刑務所などで初めて絵を描いた人達などの作品も含むのが本来の意味である。

しかし、障害者の芸術作品を取り上げる場合に「アウトサイダー」と表現してしまうと、とかく障害者を社会の枠外に置きたがる風潮のなかでは障害者に対しての差別的な言葉であるという非難をされてもしかたがない。その上アウトサイダー・アートを安直に精神障害者のアートとしてしまうことは本来の意図からしても外れてしまっているわけである。その代わり今日では、そういったさまざまな障害を持った人たちの作品を「エイブルアート」「ワンダー・アート」「ボーダーレス・アート」という呼称で、社会につながりを持つための手がかりとして支援しようとする動きがある。日本では、トヨタ自動車などがその最大のスポンサーとして活動している。
なお、いわばこちら側の視点であちら側の「芸術」を評価しているという構造自体がおかしい、と現在の「評価方法」の根本に疑問を呈する論者もいる。但しこれはアウトサイダー・アートの価値自体を認めないという立場ではなく、プリミティブ・アートに対する西欧(文明)からの評価に対する批判と同じ視点である。
by wikipedia


あらゆる事を網羅して、純粋に生み出されたものに人の心は突き動かされ、論理や評価ではなく、 ただシンプルに感覚をくすぶられ、心の奥底で何かを感じれる それこそが芸術の本質だと願いたい。

こうして1世紀以上も前の事を現代に問題定義されている事自体が、アール ブリュットもしかり あらゆる時代を乗り越えて方次がれる芸術のパワーを感じさせられる。それと共に何かの変革時でもあるようにも感じる。
時代、時代により、その時々の人々の情感も変化するのと比例するのだから、、、
何よりも、キャッチできるその感覚を人々は大切にしていかなければならないのだろう。









ジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet, 1901年7月31日 - 1985年5月12日)

『20世紀のフランスの画家。アンフォルメルの先駆者』


reference

アール ブリュット/交差する魂


text by HM

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