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    2008.11.01
  • posted by kenshin.

RYOTATSU TANAKA



NEW WORK STUDIO
RYOTATSU TANAKA


K New Work Magazineを始めたきっかけのいきさつをおしえてください


RIO   「人生という限られた時間の中で、自分が生きた足跡を残したい」という願望からスタートしました。また、全てのクリエイティブプロセスを自由な環境の中で行いたいという気持ちも大きかった。自由だからプロセスは簡単だと思う人がたくさんいるけど、僕はむしろその逆だと思う。自由な環境ほど難しく、その人の真価が問われるものはない。だからこそ、そこにチャレンジしたかったんです。

それとそれぞれ違ったクリエイティブ・フィールド活躍している尊敬できる仲間が近くにいたというのもマガジンを始めた一つの大きな理由です。



K  僕も『人生という限られた時間の中で、自分が生きた足跡を残したい」という意見に同感できるものがあります。ましてやその人の本当の真価が問われる環境というものを意識してそこに身をおくという 常人からみれば苦行僧のような行為である気がします。あえてその様な環境の中で身を置き自分が生きた足跡を残したいと思う願望にはそこにチャレンジした者しか味わえない感覚や型が待ち受けてる気がしますが、そこから見える景色みたいな物はnew work magを始める前と後とでは変わりましたか?又、その真価とはもし言葉で表せるのであればどういった事であるとかんがえていますか?

RIO   この質問は難しいですね




K 次の質問に移りますね
りょうたつくんの作品は 僕にとってミニマライズで構築的なおかつインターナショナル的な高級感を併せ持った感じです そこにいい荒さと言うか大胆さみたいな物が見受けられます
デザインを行うにあたりその作風はどのようなプロセスをへて行われますか? ある種,啓示的な感覚でインスピレーションがおりてくるのでしょうか??
また何から影響されたり イメージの源流となる"物"や"事"みたいなものというのは存在していますか?


RIO   僕はデザインというものは探求し、発見し、それを伝えること、そしてそれを継続する姿勢から生まれると信じています。
もちろんインスピレーションがおりてくることもありますが、基本はResearch → brainstorming → concrete idea → study → elimination と言った流れの中から生まれます。
一番大事にしているのはリサーチ、ブレインストーミング、から絞り出したideaをできるだけ多くスタディーするということです。多いときだと200パターンぐらいやると思います。
そこから最後の1つになるまで排除していくと、必ずそこには自分が初めにイメージした以上のものがある。それが僕のデザインです。



K  なるほどそこには、りょうたつくんのフィロソフィ-が感じ取れる気がします。僕はこの物を作り上げる人のプロセスが非常に興味があり,もう少し色々、聞きたいのですが、 僕の場合はチームで作るという行為ではなく、作り出した物を持ち込みどうチームでコラボレートしていくのかというパートなのですが、物をつくるプロセスは 作り→壊し 又作り→又壊すというプロセスを繰り返し繰り返し行います、そのプロセスの中にたまに光り輝くプレゼント的なアクシデントがこっちをのぞき見る事が有ります。そこをすかさず感じ取りそこからインスピレーションを頂くという手法を取り物をつくって行きます(ある種イタコ的では有りますが、、)。が、りょうたつくんの物作りの方法と違いが有り大変興味深いです、リサーチ、ブレインストーミングという集団思考法が取り入れられていますが いわば2人称以上での物作り、そこからスクイーズした物を徹底的に排除する事によりサプライズのあるデザインが産まれると言う事ですね? その方法は意識して作り上げたプロセスなのでしょうか?それとも必然的にたどりついたプロセスなのでしょうか??


RIO   このプロセスは必然的にたどり着いたプロセスだと思います。
たまに同様にプレゼント的アクシデントに出会うことがありますが、それはあくまでもstudy以前のプロセスに変わる物であってそこからスタディをします。
スタディーをして削っていくプロセスで結局さいしょにやった1つが最後に残るということもあります。そして最初のデザインがやっぱりいいと言えるのはスタディーがあってこそだと思います。


K  どのような事が今のデザイナーとしてターニングポイントとなりましたか??

RIO  僕の師であるELI KINCE, WILLI KUNZとの出会いだと思います。コンピューターを使わずにデザインしてきた彼らはタイプ1つとっても全て手でレンダリングしてきた
から文字の形やカウンター、カーブやストロークの太さ全て身体でおぼえています。そんな彼らにその感覚を鍛えてもらったことが僕のデザイナーとしてのターニングポイント
だったと思います。


K  興味深いお話ですね、僕も実はアナログな感覚についてすごく思考している途中で実は最近NYではトップフォトグラファーは近年の流行であったデジタル写真を使うのを辞めフィルムに戻って行くという趣向が多々みられます。例えばフリーライティングで鉛筆でまっすぐに線を引くと言う行為は百人百様な太さ、筆圧、などが出てどれ一つとして同じのがないと思うのですがそんなアナログ的感覚、いわばすごく曖昧で理論やロジックの向こう側というか言語体系では説明のつかない領域や感覚がりょうたつくん自身の作品にはどう関係しているとかんがえていますか?


RIO   文字のデザイン、レタリングなど、全て手作業で行ってきた私たちの師となる人たちは、多くのスタディーを重ね、とても論理的かつ理論的なタイポグラフィーの基礎を今世に継承してくれました。
そういったタイポグラフィーのデザインをする際に、無視してはいけない論理的な理論はあります。
彼らが行ってきた作業自体はアナログであるけれど、その感覚は決して曖昧ではない、論理的なものだったりします。

しかし、タイプデザイン以外、例えば、マガジンのレイアウト、文字のサイズを決めたり、写真の配置を考えたりする際は、私たちは全てアナログ的なステップは欠かせないものです。
例えば一つのマガジンのページで要素となるもの、料理でいう具材を全てプリントアウトしてみる。写真、文字のタイトル、ボディーテキストをべつべつに。その要素たちを真っ白いマガジンサイズの紙にのせてみる。
そこでその要素たちを動かして、感覚的なものに頼る。ここの写真は大きい方が他の文字とバランスがとれるなど。




K New Work Magazineについて少し話してください。


RIO    グラフィックデザイナーとして良いものをつくるというのはまず当たり前なことなのですが、せっかくつくった良いものも正直,現在、世の中の1部の人にしか見てもらうことができません。
それはグラフィックというものがクライアントやそれを使う人にとっては、メッセージを伝えるための製品であって、その人達にはマーケットというものがあるからです。
そこで自分たちで発信できるメディアが欲しかった。雑誌のコンセプトはSTUDIOのコンセプトと同じで未来を見据えて数十年先を生きることのできる"NEW"をつくることです。
冊子をラージフォーマットにし製本せずにNEWS PAPERの様にルーズにすることでスプレッドがアートピースとして壁に飾られる可能性を持たせたり、
伝えるという行為を深く考え、1book(12page)1コントリビューターとすることでそれぞれのアーティストのカバーを飾るタイプを思うぞんぶんデザインできる環境を実現しています。
通常の製本されたマガジンは、各コンテンツの最初のページにheadlineがあるのですが、そのheadlineはいつも統一感を意識するためか同じタイプフェイスがスケールや場所を変えて現れます。
このようなコミュニケーションエラーをさけ、各bookのコンテンツの雰囲気を伝えたかったのです。こういったほんの少しの意識が、未来を生きることのできることや生きることのできる可能性をもった"new"をつくると信じています。

K  僕自身NEW WORK MAGAZINEのフォーマットこの紙質などを見た時に衝撃が有りました。 それは僕の捉え方では magzine という型である以上こんな劣化しやすい紙にこんなある意味、場所の取るフォーマットが堂々と成立している事に今まで持ち合わせていたマガジンという既成概念からの裏切りに衝撃を覚えました。それはりょうたつ君の言う伝えるという行為に対してあまりにもストレートだったからであるのですが、例えば現在相当の数のマガジンが世界中で発刊されています。それらのほとんどがマーケットを意識した内容やある種インパクトの有る物に対してのコピー的な物に感じてしまいます。そういった内容に関わらず次の月には新しい号が出回って行くという、伝えるという行為に対して最近あまりも怠惰になっているのでは?と感じていたからです。それがNEW WORK MAGAZINEの場合、内容、コントリビューターのキャスティングはもちろん、クオリティーに対して形に残るという意識よりも心に残るという部分に特化している気がしたのです。この大量生産、大量消費時代の昨今、形に残るよりも心に残るという方がこれからの未来に対しりょうたつくんのおっしゃる「未来を生きることのできることや生きることのできる可能性」の気がしてなりません。
その辺についてはどうかんがえていますか?

RIO   心に残るという風にいってた頂いたことは僕にとっての最大の褒め言葉です。その心に残るということが僕の言うところの伝えるという行為だとおもいます。
形を持った何かが何らかの理由で心に残るということは、形としても未来を生きる可能性を持っていると思います。
僕をふくめたクリエイターのほとんどが過去を生きた人々の足跡の上を歩いて自分というものを形作っていると思うのです。
未来を生きるデザイナー・クリエイターが僕らのクリエーションという足跡の上を歩き、自身を削りだしていくことができると嬉しいです。

K 少し話題を変えましょう。
服飾デザイナーとしての1面も持ち合わせていますが、洋服を作るという事のクリエーションはりょうたつ君にとってクリエイトのどういうポジションに位置していますか?
またはどのような面白さを感じていますか?

RIO   正直、グラフィックデザインと服飾デザインは表現するためのキャンバスが違うだけで同じだと思っています。
シームレスにその二つを行き来することで2D(graphic)と3D(fashion)、hard(紙)とsoft(生地)と言ったような視覚、触覚の部分をもっと意識できる様になりました。
服もグラフィックも感覚をデザインできるというところに面白さを感じています。

K なるほど、この2つの異なるキャンバスを行き来する事により視覚や触覚の部分などが意識できるようになったということは互いに表現の部分でなにかクリックするみたいな物が起こっている訳ですね。 そういう意味では2足のわらじ的というかお互いクリックできる物を平行して行う事がよりクリエーターとして時には必要であると考えますか?

RIO   今まで生きて来て沢山のことをやってきたけど無駄なことはなかったと思うし、結果それらの全てが点と点で結びついてきました。
そしてグラフィックとファッション、この2つの異なった点はもし同時にやっていなかったとしても、いつか僕の人生において生まれる点であり
そしてその二つは結びついていくと思ったんです。この2つの点が結びついたときに生まれる新たな可能性を見たいというのが平行して物作りをする理由です。
僕が言う視覚、触覚といった感覚の意識がその可能性の1つだと思います。
僕らは未来に点を作ってつなげていくことはできません。過去を振り返って点をつなげることしかできない。だから可能性を感じたらその点を作ってやること(実際に何かをスタートすること)も必要だと思っています。



K では最後の質問ですが、最近のりょうたつ君印象深いお仕事はなんですか?

RIO   ELI KINCEと一緒に作っているデザインブックです。『DESIGN』 『TYPOGRAPHY』 『GRID SYSTEM』 という3冊を2009年の3月ぐらいにリリース予定なのですが、
このプロジェクトは僕らが思うデザインというものを全て詰め込んだものになると思います。このプロジェクトは1年前にスタートして週2回のペースで
8人ぐらいのデザイナーが集まって作っています。この3冊は全てサイズが違うのですが、そのサイズの違う3冊の本が店頭で平置きにされた際にどういう風に見えるか、
本棚に背表紙が見える状態で並べられたらどう見えるかなど、本当に細かいところまでデザインしています。

K  うーん それはとっても楽しみです。早く手に取り見てみたいです。




RYOTATSU TANAKA

毎日サーフィンのできる環境を求めて 19歳で渡豪
3年間でBONDAI, MANLY, DEE WHYと3カ所に住んでサーフィン中心の日々をおくる その後アメリカ西海岸を1年ほどサーフトリップし
のちNYに移り住みFITグラフィックデザイン科を経て
ファッションブランド"CLOAK"のグラフィックデザイン担当を務める
この頃友人とNEWWORKというデザインユニットを始める

バックアップを受けかつてからやりたいと思っていたファッションブランド"PRESENT"をスタートさせる
present(現在)present(提案する)present(プレゼント)
自分の現在を提案する そしてそれがオーディエンスにむけたすてきなプレゼントであります様にという願いを込めて"PRESENT"と名付ける

2007年新たにnewworkに3人を加えてstudio newworkという小さなデザインstudioをスタート
同年、bi-annual magazine "newwork magazine"をスタート



TEXT : KESO






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