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    2008.11.26
  • posted by kenshin.

『電気を使わない』という選択肢

今の日本で、冷蔵庫(電気冷蔵庫)を保有していない家庭はまず見かけないだろう。それどころか、一家に複数台の冷蔵庫を持つ場合も少なくない。しかし、わずか50年前には一般の家庭に冷蔵庫というものは、ほとんどなかった。
ご年配の方ならご存じかもしれないが、かつて料亭や割烹旅館などでは、ブロック大の氷を買ってきて冷蔵庫の中(の上部)に置き、その冷気を利用して中に入れたモノを保存する(氷で冷やす)冷蔵庫もあった。しかし、これは電気冷蔵庫ではない。
つまり、電気冷蔵庫が日本に今や「誰もが持っている」という状態になったのは、この半世紀くらいのことで、それまでは電気冷蔵庫というものはなかった。昔の人たちは夏の暑い日に何かを冷やしておくためには、井戸水や流水、あるいは自然に湧き出る水などに浸すなどの工夫をしていた(自然の冷蔵庫といえる)。
「非電化工房」という組織を主宰する藤村靖之氏が発明した冷蔵庫は、なんと電気を使わずに、内部を効率よく冷やすことができるというものだ。「冷蔵庫というのは、電気を使って当たり前」と思っている方は、驚かれるかもしれない。一体、どのような仕組みで、電気を使わないでモノを冷やすことができるのだろうか?

モノを入れる貯蔵室は金属で作り、その周囲には水をたっぷりと充填する。貯蔵室内の熱は熱伝導によって金属から水へと伝わり、その熱は自然対流によって上部に集まる。
冷蔵庫の上部は輻射(放射)が生じやすい素材で作られた放熱板になっており、集まった熱はそこから外部へと放出していく。放熱板は透明の板で何層にも覆われているので、外気からの熱伝導──つまり逆に外部から熱が冷蔵庫内に入るのを防ぐことができる。
また、扉や側面には断熱材を使用し、やはり外部からの熱を防ぐ。こうして、貯蔵室内の熱を外部に自然と"逃がす"ような仕組みにし、同時に外部からの熱を"遮断する"ことで、周囲の水が冷えて、結果的に貯蔵室内のモノも冷えるという訳だ。
ただし、この仕組を働かせるためには条件がある。太陽光が直接当たらず、夜空がよく見える場所に置く必要があり、残念ながら屋内では使えない。また、電気冷蔵庫のように季節を問わず、庫内を一定温度に保つことはできない。
「なんだ、やっぱり電気冷蔵庫には敵わないじゃないか」──そんな声が聞こえてきそうだが、こんな見方をしてみてはどうだろうか。
家の中には小さな電気冷蔵庫を置いておき、頻繁に出し入れする食材などはそこに保存する。電気冷蔵庫が現代生活において必需品の一つであることはまぎれもない事実であり、それこそ電気冷蔵庫を使わない生活は、特に都市部のマンションなどでは不可能だ。
非電化工房の藤村氏も、「現在の日本人の生活スタイルとか、普及している各種電化製品を"否定"している訳ではありません。日本人は戦後、それこそ何もない時代から、経済的に豊かになるよう一生懸命努力してきました。その結果が、今の日本ですから、例えば電気冷蔵庫のなかった昔の生活に戻りましょう、と言ったところで、まるで現実的ではありませんから」と語る。
「でもね...」と藤村氏は続ける。「晩酌用のビールのように、冷蔵庫の扉を開けるのが1日1回程度のものであれば、例えばサンダルをひっかけて庭へ出て、非電化の冷蔵庫から冷えた飲みごろのビールを取ってくるのも、わるくないのではないでしょうか。非電化の冷蔵庫は、星空がきれいな夜ほどよく冷えます。今日のビールは冷たいな、明日はどうだろうか、などと考えながら、ふと夜空を見上げれば、晩酌前のひと時が豊かになるかもしれませんよね」。

ある時、某全国紙生活面でこの冷蔵庫が紹介されるや、藤村氏と新聞社には問い合わせの電話が殺到した。価格さえ決まっていないのに、問い合わせしてきたうちの5人は「すぐにでも手に入れたい」とのことだった。
藤村氏は、彼らがそこまで興味を持った理由を知りたくなり、事情を聞いてみた。すると、非電化の冷蔵庫を入手したいと問い合わせしてきた全員が北海道在住で、異口同音に「外は寒いのに、家の中で電気を使って物を冷やすことに違和感を覚えていた」と言う。
実は、電気を使わない冷蔵庫は設置や扱いなどが少し面倒だ。しかし、使う過程に"愉しみ"を見出せる人なら、電気冷蔵庫とは違った"豊かさ"が得られるかもしれない。あるいは寒冷地にいながら電気で冷やす行為に違和感を覚えた人たちにとって、ひとつの解となるかもしれない。どちらを選ぶかは、あるいはどちらも選ぶかは、個人の自由だ。
「そのための選択肢を提供するのが、発明家である私の仕事だと思っています」と藤村氏は穏やかな口調で語る。
そもそも藤村氏は大手企業の研究室長などを務めた経歴を持つ、いわゆる「企業内発明家」だった。ときは高度経済成長期。新しいものを生み出すことで経済は発展し続け、人々の暮らしも豊かになっていくと誰もが信じて疑わなかった時代だ。
しかし藤村氏が38歳のとき、2歳になる愛息が喘息(ぜんそく)を発症する。当時、四日市市や川崎市などの工業地帯では、既に大気汚染が問題になっていたが、藤村氏が暮らす逗子市はそういった地域ではない。
「喘息は工業地帯の病気だと思っていたので、本当に驚きました。それで色々と調べていきましたら、1983年当時、日本
全国どの地域でもまんべんなく3%以上の子供が喘息にかかっていて、4人に1人は何らかのアレルギーに苦しんでいることを知りました。今でこそ、こうした問題は当たり前のように語られていますが、当時は経済発展がすべての尺度で、社会問題にすらならなかったのです。学生時代から物理一筋だった私は、いつの間にかそういう時代になっていたことに大きなショックを受けたのです」(藤村氏)。
子供の安全や環境を犠牲にして経済発展してきた社会と、科学者としてその一端を担っていた自分自身に対して、藤村氏は痛切に反省の念を抱く。そして「これからは"ハイテク一本槍"ではなく、第一に子供の安全を、第二に環境をテーマに研究を進めよう」という考えに至る。
しかし、当時の企業環境がそれを許すはずもなく、藤村氏は結果として会社を辞めて独立し、発明起業家の道を歩み始めた。39歳のときだった。
それから15年。20世紀末は、ミレニアムだ21世紀だと新時代の到来を祝う一方で、駆け足で生きてきた時代を振り返るべきときでもあった。
「20世紀は電気と共に歩んだ時代で、経済的にも物質的にも豊かになりました。しかし、その一方で引き換えに失ったものも多かったはずです。それを総括し、反省し、新たな豊かさや価値を求めて歩み始めるはずが、いざ21世紀を目前にして日本はまた違った方向へばく進し始めました」と藤村氏は強調する。
その方向とは、「グローバリズム」と「電脳化」(電気をはじめ、IT化やネットワーク化も含む)という2つの言葉に集約される。「どちらも決してわるいことではありませんが、貧富の差が拡大し、人と人との憎しみが増し、環境破壊も歯止めがかからないなどの状況を見ますと、そこに強い『訝しさ』を感じました」(藤村氏)。
新しい技術が生まれることで、我々の生活がある側面において豊かになるのは確かだ。新しい電化製品は人々の暮らしを快適、かつ楽しいものにしてくれる。新薬の発明や医療技術の進展は人々の命を救い、病の苦しみから遠ざけてくれる。
しかし、「発明家や科学者、技術者は、その国が連綿と培ってきた文化や、その国で幸せに暮らしている人たちの生活などを"破壊"することに手を貸してはいけない」──これこそが、藤村氏の発明起業家としての信念であり、非電化工房を立ち上げ、そこからユニークな製品を世の中に出してきた藤村氏らなではの取り組みのベースでもある。
藤村氏は、31年にわたって続けてきた「発明家」という職業を、「新しい選択肢を提供する仕事」と定義付ける。
分かりやすく説明しよう。かつて、洗濯は木で出来た洗濯板を使って手で洗うしか方法がなかった。洗濯機が発明されたことで、多くの人たち(特に主婦の方)は、それまでの手洗い洗濯の苦労から開放された。今でもモノによっては手洗いをすることはあるだろうが、ここで重要なのは「手洗いするか」、それとも「全自動洗濯&乾燥機で最後まで自動的にやらせるか」ということを、利用者自らが選べることに価値がある。
藤村氏によると、「発明家は選択できる状況を作るまでが仕事ですが、その発明によって幅が広がった選択肢を利用者に押し付けることはしてはなりません」と言う。つまり、どのような製品や手段、サービスなどを選ぶのは、我々、使い手側の自由なのだ。だからこそ、選択肢の幅をいかに広げるかが、発明家に問われることになると藤村氏は考えている。
21世紀を前に「訝しい」方向へばく進する様子を見ながら、藤村氏は発明家として「『グローバリズム』『電脳化』以外の選択肢がどんどん失われているのではないか」と思い至る。
「こうした選択肢の乏しさは、日本だけではなく、発展途上国も同じでした。元々、発明家として果たすべき役割は日本よりも途上国にあると思っていたものですから、途上国が『グローバリズム』や『電脳化』へ突き進む姿を見て、『このままではいけない!』と強く感じました」(藤村氏)。
例として藤村氏が挙げたのが、すぐ上で紹介した電気洗濯機である。藤村氏はこう続ける。「電気洗濯機は、今では先進国を中心に約2億台も普及しています。もし、発展途上国にも同様に普及すると、ざっと見積もって20億台にも達します。ある計算式によれば、その20億台の洗濯機が、今の2億台と同様に電気や水を消費し、合成洗剤を排出すれば、電気洗濯機だけで地球は"滅びて"しまいます。エアコンも同様で、全世界に100億台普及したら、どうなるでしょう。地球は終わるかもしれませんね」(藤村氏)。
もちろん、技術は日進月歩だ。途上国に普及するまでに、もっと環境に優しい製品が開発されるかもしれない。しかし多くの場合、途上国は先進国を手本にして、同じものを作って普及させていく。端的に言えば、先進国と同じような生活スタイルになりたいと願っている。先進国と同じ発想、同じ取り組みを実行したら、課題や問題も同様に先進国と同じになるだろう。
「発明家として、先進国の後追いではない、新たな選択肢を提供することに意義を感じました。しかも、これだけ世の中が便利になったのですから、なにもかつての"貧しい昔"にわざわざ戻るのではなく、現在の良いところは伸ばしつつ、それでいて環境の持続性を満たす豊かさを提供したいな、と思った次第です。それで『グローバリズム』『電脳化』というキーワードとは対極の、『ローカル化』『非電化』に特化して活動しようと思い、非電化工房を設立したのです」(藤村氏)。
途上国での活動の一例が、一昨年秋から始まったナイジェリアでのプロジェクトだ。ナイジェリアではオレンジの季節になると、消費しきれないほどの果実が実る。しかし、ナイジェリア国内ではすべてを消費できず、その8割がたを腐らせていた。
その一方で、シーズンオフには国外(特に欧州)から高価なオレンジジュースを輸入しているという現実がある。ナイジェリアはお金持ちどころか借金大国なのだが、ジュース産業がないばかりに、こうした矛盾が生じていた。困り果てたナイジェリア政府は、国内にジュース産業を育成すべく、ジュースの輸入を禁止し、先進工業国からジュース製造工場の技術導入を図ろうと考える。
「先進国で稼働している最新鋭の工場をつくることでもたらされるのが何かというと、実は濃縮還元のまずいジュースであり、オレンジの酸の影響を受けかねないペットボトル入りのジュースであり、電気や化学薬品を大量に使用することに伴う環境汚染なのです。しかも、最新鋭の工場はほぼ全自動化されていますから、仮にそのジュース工場をナイジェリア国内に誘致したとしても、新たな雇用は発生しません。ナイジェリアの失業率は6割ですから、全自動化する意味がないでしょう。すると、どうなるでしょう? 結局、輸入品よりも高いジュースを生産することになり、輸入ジュースより売れず、新規雇用も発生せず、さらに借金がかさんでしまう可能性が大きいわけです」(藤村氏)。
そこで藤村氏がナイジェリア政府に提案したジュース工場のプランは、その正反対の内容である。絞った果汁は煮沸せずに、約70℃でゆっくりと殺菌。あらゆる工程は自動化せずに、手間をかけて製造する。それ故に、おいしくて安全なジュースができるし、電気や化学薬品等を使わないので環境にも優しく、5年間で6000人もの雇用が見込まれるというモノだ。さらに、そうして製造したジュースの価格は輸入品より安い。藤村氏のプランでは、そのようなジュース工場をつくることで、5年後には借金を返済でき、6年目以降は"貯金"も可能だという。
先進国の全自動ジュース工場か、藤村氏の提案する非電化ジュース工場か。2つに増えた選択肢を吟味すべく、政治家や学者、ジャーナリスト、起業家、女性......ナイジェリアの識者や代表者が70人以上も顔を突き合わせて、30分間にわたって喧々諤々の議論を交わしたという。その結果、全員一致で、藤村氏の非電化ジュース工場が採択された。そのとき、そこにいた全員が涙を流して泣いていた。
「アフリカは歴史的に欧州から辛酸を舐めさせられてきましたが、決してそれをよしと思っていたわけではなく、選択肢がそれしかないと思うから、選んできただけなのです。今回のジュース工場も『またいつものパターンだろう』と諦めて、勇気と希望を失っていたところに、非電化という、もうひとつの新しい選択肢を提示しました。私の経験上、勇気と希望を失った人々が、再びそれを手にすると、老若男女を問わず全員が涙します。ナイジェリアの人々の涙はそういう意味だったのだと思います」──藤村氏は当時を振り返ってこう語った。
いわゆる先進国のマネをして、全自動のジュース工場をつくるしかない――そう考えていたナイジェリアの人々に対して、藤村氏はもうひとつの選択肢として「非電化ジュース工場」を提案した。それはおいしく安全なジュースが作れるうえに、環境にも優しく、持続的かつ自主的に運営可能なビジネスモデルだった。新たな選択肢を得たナイジェリアの人たちは、それに夢と希望を感じ、涙を流して喜んでいたという。
このように「選択肢は1つしかない」、あるいは「選択肢は限られている」と思い込むことは、物質的に豊かになった現代の日本でも結構、見かける話なのである。
例えば、現在の日本人のほとんどは、部屋を掃除するためには当たり前のように電気掃除機を使っているのではないだろうか。別な言い方をすれば、掃除をするための道具(ツール)は電気掃除機しかないと思い込んでいないだろうか。
しかし、実際は箒(ほうき)や塵取り(ちりとり)といった昔ながらの掃除道具もある。毛足の長い絨毯ならいざ知らず、畳の部屋や板張りの部屋は箒で掃いても十分にきれいになる。
藤村氏は、非電化工房を訪ねてきた人々に両方の方法で掃除を体験させ、どちらがうまく掃除ができたか、どちらが愉しく掃除ができたかを尋ねるという。質問された人は全員が箒を支持するとのこと。藤村氏はこう続けて聞く。「では、なぜご自宅では電気掃除機を使っているのですか?」。すると誰もが明確な理由を答えられず、「明日から箒を使います」と言うのだとか。
「確かに絨毯やタンスの後ろの隙間など、電気掃除機の方が適している場所もありますから、それはそれでいいんです。でも、なんでもかんでも電気掃除機でなければいけない理由はどこにもないんですよ」と藤村氏。
実は、国内で使用されている電気掃除機をすべて合わせると、それだけで原子力発電所1.6基分の電気を使っているのに相当することになるという。「日本人が箒を使わなくなったのは、『掃除は電気掃除機でやるもの』という、わずかこの30年から40年からくらいで出来上がった生活様式からきているものではないでしょうか。片や掃除機は、日夜、テレビCMなどで新製品の魅力が語られていますから、その"現実"の前に箒がかすんでしまっているのでしょう」(藤村氏)。
藤村氏の考え方はシンプル、かつ明快である。「私も含めてそうですが、利用者、消費者にとっての選択肢というものは本来、対等に比較できるものでなければなりません。私が『非電化』という言葉を造ったのは、これまで日本人が豊かになることの代名詞として享受してきた『電化』や『電脳化』に対して、言い換えれば、それしか"与えられてこなかった"選択肢とは別に、新たな選択肢となるモノを対等に提供したいと考えたからです」(藤村氏)。
さらに、「何かを選択するということ」に対する日本人の考え方も変わりつつあると、藤村氏は指摘する。
「これまでの日本人は、快適さや便利さを得れば、それと引き換えに何かを失うことを、身に染みた哲学として知っていました。あえて言葉にしなくても、何かを得る際には失うものと両天秤にかけたうえで慎重に選び、そしてゆっくりと自分たちのものとして得ていたように思います。ところが、1960年代以降の高度経済成長期のあたりから、変化し始めます。そもそも『モノがなくて不自由している』とか、『不便な生活を強いられているので、何とかしたい』というように、目的を達成するためにモノを得るというまっとうな行動をとっていたのに、いつしか得ること自体が楽しみや喜びになっていったようです」と藤村氏は語る。
もちろん、藤村氏は経済成長を否定しているのではない。藤村氏自身もかつては高度経済成長のうねりの中で、企業内発明家として社会、経済が豊かになっていく実感を味わいながら、そこに充足感を抱いて生きてきた。
しかし、経済成長によって収入が増えても、支出も増えれば手元には残らないし、時間や精神的なゆとりさえも残らないとなれば、いささか度が過ぎるのかもしれない。「いつの間にか、何かを得れば何かを失うことを忘れ去ってしまったのではないでしょうか」と藤村氏は疑問を呈する。
昨今は「必要は発明の母」ではなく「発明は必要の母」とばかりに、最初に発明ありきで需要を掘り起こすケースが散見される。例えば、携帯音楽プレイヤーに数万曲を入れて持ち歩く必要性は果たしてどれほどのものだろうか。携帯電話やパソコンは個人では既に使いきれないほどの機能が盛り込まれているのに、これからどこまで進化していくのだろうか......。
「こういう表現は適切ではないかもしれませんが、あえて言わせていただくと、この30年間あまりで経済が急速に成長した結果、消費者の知性が置いてきぼりになっているのではないでしょうか。経済が成長するほどに、科学が進歩するほどに、本当なら知性もそれに伴って進化させないと、必ず後悔するときがくると思います」と藤村氏は問題意識を語る。
非電化工房の設立当初、藤村氏がアフリカなどのいわゆる発展途上国を中心に活動し始めたのは、日本が物質的に満たされていたからだという。
先の非電化冷蔵庫のように、非電化製品は電化製品よりもちょっと手間がかかる。豊かになってしまった日本に暮らす人々が「そういった面倒や不便さを素直に受け入れるとは思えない」と考えた藤村氏は、電化製品に慣れきった日本ではなく、これから電化製品を得ようとしている人たちに向けてアプローチをし始めた。
しかし、新聞の生活面にて非電化冷蔵庫を紹介したところ、予想以上の反響を得た。「まだまだ日本も捨てたもんじゃない」──そう実感した藤村氏は、その年の後半から日本での活動も開始することにした。
「日本は、特に最近の若者や女性は、愉しいかどうかという価値観が重視されていると感じます。これは私自身が安保闘争や大学紛争を体感し、正しいと信ずることを声高に叫んできた世代であることとも関係しているかもしれません。我々のすぐ下の、いわゆる『団塊の世代』は、我々世代への反動でしょうか、急速にノンポリ化していき、それを見ていたら、やはり人間は正しいことよりも愉しいことの方が好きなんだなと思いましてね。だから、日本の非電化製品は、結果としてはエコロジーなんだけれど、主題はエコではなく、『愉しい』に置くべきだと思っています」(藤村氏)。
愉しい非電化の最たるものが、珈琲焙煎機だ。よほどのコーヒー党でも、コーヒーの生豆を自家焙煎している人は少ないだろう。藤村氏が発明した非電化珈琲焙煎機は、素材と形状に特徴があり、ガスコンロを使ってわずか3~4分で生豆を焙煎することができるという特徴を持っている。
「コーヒーの生豆を煎るところから始めれば、当然、焙煎した豆は手で挽いて粉にするでしょうし、またそれでコーヒーを煎れるときも、電気を利用する既存のコーヒーメーカーは使わないでしょう。最低でも小一時間ちかくはかかるでしょうね。でも、一つひとつの作業を愉しむというプロセスが大切なんです」と藤村氏。
見逃せない点がここにある。これまで日本人がやってきたのと同様に、もし藤村氏が発明した非電化の珈琲焙煎機以外を全否定してしまうと、どうなるか。
「その途端に愉しくなくなるんですよ。『今日は時間がないし、面倒だからインスタントコーヒーでいいや』という日もあるでしょうし、『友達が大勢遊びに来たから、多く煎れられる全自動コーヒーメーカーを使おう』という日もあるでしょう。私は非電化製品をお買い上げいただいた方にはいつも、『どうか電気式の全自動コーヒーメーカーも取っておいてください』とお願いしています(笑)。選択肢は広い方が愉しいですから」(藤村氏)。
藤村氏の非電化珈琲焙煎機は既に4000個の販売実績を持つヒット商品となっている。このほか、非電化除湿機、非電化湿度計「紫陽花」、非電化ひげ剃り(中国製)が商品化されており、実際に購入することができる。
もっとも問い合わせが多いのは、やはり非電化冷蔵庫だが、実は"本当の"商品化には至っていない。注文個数とコストのバランスがあるからだ。一般的に、工業製品は一定の製造個数を超えるまでは製造コストが高くなり、大量生産できるようになると安くできる。非電化冷蔵庫も、理屈はこれと同じ。注文個数が少ない状態では、どうしても製造コストが高くつくので、高額で販売するのは気が引ける。しかし、多くの注文を見込んであらかじめ生産しておくのも余計なお金が掛かってもったいない。そこで非電化工房では、いわゆる"産直"と予約生産の良いトコ取りを目指して、一定個数以上の予約が入るまでは生産を始めないことにしている。
販売価格まで考慮してから商品化するあたりが、藤村氏が「発明家」ではなく「発明起業家」たる所以(ゆえん)だろう。常に発明と事業化はワンセットなのだ。
先のナイジェリアの非電化ジュース工場もそうだった。既存の工場におけるジュースのつくり方とは異なる新しい手法を発明しただけではなく、もし非電化ジュース工場を導入、稼働させれば、6年後には黒字化が見込めるビジネスモデルと合わせた形で提案したことで、現地の人々が涙を流すほどの感動を与えられたのである
「途上国が先進国のマネをしたければ、既にお手本はある訳ですし、喜んで技術提供する国もあるので、きっと簡単でしょう。しかし、その国の文化や環境を持続させ、自立型の事業として成立させるのは非常に難しい。途上国が持続型かつ自立型を成し遂げるには、先進国のさらに先を行かなければなりません」と藤村氏は強調する。
この、途上国が経済先進国よりも先進の、つまり環境を悪くしない技術を最初から導入してしまえばよいという考え方は、現在のアースポリシー研究所 所長であるレスター・ブラウン博士が提唱した『リープ・フロッグ(跳び蛙)』理論として有名だ。理論的には確かにその通りなのだが、残念ながらうまく実行されていない。
「なぜ、リープ・フロッグ理論が実現されていないのかというと、最大の理由は、お手本がないからです。お手本がないことに挑戦するのは、発明の"世界"ですが、発明家は先進国にしかいません。それならば、私が発明とビジネスモデルをセットにして、自国を持続型かつ自立型にしたいと考えている方々に無償でプレゼントしようと思った次第です」(藤村氏)。
非電化冷蔵庫もそんなプレゼントのひとつで、元々、モンゴルの遊牧民のために発明されたものだった。遊牧民が一番困っていたのは、夏場に羊の肉が腐ること。彼らにとって羊は大切な家畜だ。だから、自分たち人間が生きていくために、食料として十分に食べ切ることが必要とされる。ところが夏場はモンゴル地区といえども気温が高く、従来は羊の肉を3日程度で腐らせてしまい、その結果、捨てざるをえなかった。これはモンゴルの遊牧民にとって本当に辛く苦しいことだった。
しかし、遊牧民の住居には当然電気が届いていない。年間収入は日本円にして2万円程度しかなく、仮に電気が通っても、電気冷蔵庫を維持することは不可能に近い。こうした状況を抜け出したいがために、遊牧民の生活を捨てて首都であるウランバートルへ出る者が少なくないが、現実は厳しい。その結果、「マンホール・チルドレン」と呼ばれる路上生活者になる者も出てきて社会問題化しており、ウランバートルに出て行った人の中には遊牧生活に戻りたいと思っている人も多いという。
「実は、これも『ウランバートルへ行けば、生活できるのではないか』という選択肢しかないからでしょうね。でも遊牧民は、冷蔵庫、テレビ、照明があれば、誰もウランバートルへ行かないと言うんです。その中でもとりわけ、冷蔵庫は切実な問題でしたから、そこを何とかしようと思いました」と藤村氏は語る。その結果、電気を使わなくても、夏場でも羊の肉を食べ終えるまで保存できる非電化冷蔵庫の発明につながった訳だ。
藤村氏が、新たな発明に至るまでの手順はいつも同じだ。まず、何に困っているのかを現地の人たちに直接尋ねる。次いで、その悩みを解決できる発明品があれば、いくらなら買えるのかを聞き出す。そして、その価格で成立するビジネスモデルを検討し、事業化の骨子を決める。
発明は最後だ。試作品作りには若干の時間を要するが、コアとなる仕組みを発明するのは、藤村氏によると「インスピレーション」=「瞬間芸」だという。
モンゴルにおいて非電化冷蔵庫の価格は、遊牧民からの実際のヒアリングの結果、羊2頭分(日本円で7000円相当)に決まった。年収2万円のうちの7000円である。彼らにとって、夏場に自分たちが飼って食料にもしている羊の肉を腐らせて捨ててしまうことが、どれほど深刻な問題だったのかは容易に想像していただけるだろう。
ここからが藤村氏のもう一つの素晴らしいところである。つまり、彼ら自身で持続的にできるよう、ビジネスモデル(事業の骨子)を決めて実現までもっていく点だ。具体的には、ウランバートルの起業家50人を集め、藤村氏はこう呼びかけた。
「遊牧民の方たちは、私の発明した非電化冷蔵庫を羊2頭分で買うと言っています。実際のところ、私のビジネスモデルなら羊1頭分で非電化冷蔵庫を製造できますから、あなた方、起業家が非電化冷蔵庫を地元で製造して、羊2頭分で遊牧民の方に売れば、皆さんの手元には羊1頭分の利益が残りますよね。この事業をやりたい人はいませんか」(藤村氏)。
会場に集まった全員が手を挙げたという。当然かもしれない。単純に計算すれば、粗利にして50%だからだ。藤村氏はその中から、人物に優れ、能力にも長けた起業家を選び、非電化冷蔵庫の製造スキル、ノウハウを提供した。
「試作品の完成後に遊牧民の現地で行った予備実験では、外気温30℃の中でも冷蔵庫内は4℃に保たれ、それを目にした遊牧民たちはみんな涙を流したという。そう、ナイジェリアの人々と同じ涙だ。
「このように事業化が成功すると、マスコミで報道されますし、講演会などにも呼んでいただけますし、私としてはシメシメといったところです(笑)。多くの方に『こういう選択肢もあったのか!?』と知っていただける好機になりますから」と藤村氏は言う。
31年間の発明家人生において、1000以上の発明品を世に送り出し、160以上を事業化させてきた藤村氏。これからも新しい非電化製品や事業が次々と誕生するのだろうが、現在取り組んでいる非電化について尋ねてみた。
「電気ポットの日本における普及率は高まる一方ですが、その消費電力は冷蔵庫以上で、まもなく原発3基分に達するといわれています。ちなみに日本で実稼動している原発は約50基ですから、その割合は相当なものと言っていいでしょう。そこで、従来の薬缶よりも2倍以上早く沸いて、ガスの消費量は半分、しかも冷めにくく、テーブルに置いておきたくなるような美しいフォルムの非電化ポットを作ろうと考えています。冷めにくいとはいっても、1時間も放置すればやっぱり冷めますから、1時間で使う分だけ沸かす習慣が必要になります」と藤村氏。
さらにこう続ける。「やはり非電化は、ほんの少し面倒ですね。でも、それを愉しめる人には、愉しい道具です。非電化製品を使って愉しく豊かな生活を送っている人を見て、『あっちの方が愉しそうだ』と気付く人が増えて、『非電化でも商売になりそうだ』と思う企業が増えて、市場に非電化の商品が増えていけば、世の中はもう少し変わるかもしれません。私一人で世の中を変えるなんて、できるはずもありませんが、そのきっかけを作れたら嬉しいですね」(藤村氏)。
消費が経済発展を支えると信じられていたのははるか昔。いまや愉しい選択、知性ある消費が求められている時代であることは間違いない。

text: wk

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