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  • Posted on
    2009.08.28
  • posted by kenshin.

THE COVE








今年のサンダンスフィルムフェスティバルはある意味、日本にとって大きなターニングポイントとなりえるのかもしれない。

ドキュメンタリー部門で観客賞を受賞した ルイ•シホヨス監督が撮った「THE COVE」が今、欧米諸国で物議をよんでいる。

時に、起こる物事に知らず知らずのうちに遠からず関わっていたり、同じ文化背景を背負ってるもの同士で行われていた事だったり等、人間は物事をフェアに見れない位置にたっていたりする場合もある。
気づけば関わりを持っている事で既に自分の立場は真ん中におらずいくら冷静に物事を見つめようと試みても脈々と流れる自分の血の歴史や育った文化背景に揺さぶられたりするのも原因の一つかもしれない。

しかしながら、この映画を見終わった時に自分の国籍を有する国で起こった事実を例え、一方的な物事の見方から見つめた物を鑑賞したとしても衝撃は残る作品であったに違いはない。

この映画は
和歌山県の太地町で昔から行われているイルカの追い込み漁に焦点を当て、無許可、イリーガルの撮影で行われたドキュメンタリーフィルムである。
映画のあらすじは1960年代にイルカの調教師としても有名だったリック•オバリー氏がイルカをショーやイルカ利用業として10年間加担し、イルカ産業を作り上げた彼が結果的にイルカの大量殺戮を助長し、また、行なわせているという事実を知り、水族館や研究施設のPoolの中にいる イルカを(時には法に触れる犯罪を覚悟の上で)1頭でも多く野 生に返すことを目標に35年間、活動しており、日本の和歌山県太地町で追い込み猟で捕らえられたイルカがヨーロッパの水族館へ出荷されたり、追い込み猟で捕獲されたイルカの何頭かは、これまでアメリカ海軍に「徴兵されて」特別に訓練され、軍用イルカとして敵艦の爆破などに利用されたり、また、捕獲された他のイルカたちは、日本、中国、フィリピンや世界中の他の国々でのイルカと人が泳ぐ企画やあるいは水族館展示のための施設へ送られている事実を唱え、イルカの追い込み漁を行う和歌山の太地町で行われている、このイルカ漁をオバリー氏を中心としたメンバーが告発するという一部違法に撮られたドキュメントフィルムとなっています。

実際に海洋保護協会であり「THE COVE」を撮った、ルイ監督が焦点としている問題は2つの側面があるとかんがえています。

一つはイルカを殺戮し、食肉処理をして食品として販売することで、これは、イルカの肉の水銀汚染が、大きな問題になっており、水俣病を経験している日本は考えなければならない問題としています。
二つ目はイルカを生け捕りにして、水族館施設に高値で販売することで、野生動物を金儲けのために無差別消費するという前時代的な行為及びイルカの生息数、生態系への影響が問題とイルカの捕獲と捕殺時の極めて残酷な扱いを問題として映画の主軸にすえたストーリーとなっています。

この映画は公開されるや物議をかもし、漁師が大量のイルカを追い込み、モリで突き、海が血で染まるシーンが登場ニューヨーク・タイムズ紙(7月31日付)も「海が血で染まり、(鑑賞者の)目は涙であふれる」とする評論を載せています。

細木信宏さんのルイ監督へのインタビューで監督が語る問題点は「規定値の16倍を超える水銀が含まれるイルカの肉が人体に悪影響を及ぼすということ、もし日本の人たちが、魚を主食としている哺乳(ほにゅう)類に、大量の水銀が含まれていることを知ったら、食べないだろう さらにイルカの肉がクジラ肉として売られているとしたら、それにも気を付けるだろう最終的には、人に害をもたらす危険性があるということを考えなければいけないんだ」と安全性を第一に考えることを強調しイルカの肉がクジラの肉として売られている偽装肉としての懸念を訴える。

もう一つはその捕殺の残酷さを強調する物だ。
この映画はそこを中心に描かれている。


一方、この舞台となった太地の歴史は捕鯨なしでは語れない。この町は400年近く捕鯨を行ってきており、この小さな町を支える産業は捕鯨、イルカ漁であり伝統でもあるのである。

太地町漁業組合のWEB SITEでは公式に下記の見解を発表している。


太地漁業協同組合
太地の伝統的な追い込み漁の漁師達は、またも今月始めにエコ・テロリスト集団のメンバーにいわれの無い攻撃を受けた。
しかもその不法侵入者たちは、追ってメディアに対して数世紀にわたる伝統に基づいた漁業に関する事実をねじまげて報告し、自らの行動についても勝手な報告をおこなった。
かれらの行動は、所属団体の資金集めの機会を拡大するためのものだと思われる。

そもそも、日本ではイルカや鯨を少なくとも9000年前から利用し始めていることが考古学者によって明らかにされている。沿岸地域において、まず座礁した鯨が利用され、小規模なイルカ漁も組織された。それから1606年には、太地において大規模な捕鯨が組織的に行われ始めたことが記録に残っている。
これによって、太地は日本の伝統的な捕鯨産業の発祥地だといわれている。太地には400年に亘る誇らしい捕鯨の歴史があるのである。
太地から伝統捕鯨は日本各地に伝わり発展していった。現代においては、太地の捕鯨者たちは、地元で数種類の小型の鯨やイルカを捕獲してきている。

追い込み漁は、日本政府が、国際法や国内法に基づいて持続的な管理を行っている漁業である。1946年、捕鯨国は国際捕鯨取締条約に署名をし、国際捕鯨委員会(IWC)を設立した。その目的は、「鯨資源の適切な保全を図り、捕鯨産業の秩序ある発展を可能にする」ことにある。IWCは13種の大型鯨を管理している。
一方、イルカを含む小型鯨類は、それらが住む海域の沿岸国の責任のもとにおかれている。

日本政府は、科学的な資源評価に基づいて、種ごとに持続的な捕獲枠を設定している。追い込み漁の漁期中には、政府が任命した監督官が太地に滞在して操業の監督を行うとともに、捕獲された全ての鯨から調査のためのサンプルを収集しているのである。

日本にとっては、鯨やイルカの漁業は、何千年にもわたって重要な食料の供給源である。しかしながら、IWCが全ての大型鯨に、絶滅に瀕していようがいまいがモラトリアムを適用して以来、日本沿岸の捕鯨者達は、日本政府が責任を持って管理している小型鯨類しか捕獲することができないのだ。

現在太地の町は、侵入者に対して警戒体制に入っている。彼らの使命は、国際法や科学に基づかず、感情や自らの団体の経済的な関心にのみ基づいており、追い込み漁の事実を意図的にねじまげ続けようとしているのだ。追い込み漁は太地の伝統を代表する重要なものであり、太地の捕鯨者達は何世代にも亘って、地域住民に食料を提供してきた。そして、今後もそうし続けていくのである。


2003年太地町漁業組合ホームページより



和歌山県太地町の三軒一高町長は「そういう映画が制作されていることも、撮影に来たことも知らなかった。作品を見ていないのでコメントのしようがない」と話している。


個人的には鯨やイルカを採ること自体は「本当に必要なのか?」とは思うのですが当事国で育ち、文化背景なども理解している上で歴史的な営みの結果をそう簡単に覆すことは難しいと理解しているものの、イルカやクジラは知能の高い動物だから保全し、鶏や牛や豚などの家畜類は殺してもOKというのは、都合のいい人間の差別ではないのだろうかとも考える。
現在、差別を行う人間は動物に優越をつけ、劣ったとみなした動物を虐殺し優とみなした動物を保護している。
正しい種の保全の知識をつけることと同様に文化に優劣をつける事無く、一方的ではなく実際に真ん中に立ち、とにかく知る事、肌で感じ取るらねばならない気がします。
食物連鎖の頂点に立つ我々はいきとし生ける物を差別する事無く、共存、共生、食物連鎖の輪として参加をしていく事ができるのであろうか?実際にこのイルカ漁を太地の人達の目線では触れ合っては無い私には公のWEBにおいて見解を発表する資格は無い気がしますが,実際にこの映画に触れなければこのような問題を考える事も無くイルカ漁の存在すら知らなかったとおもうのです。

人間は21世紀どう歩いていくのか?21世紀になり10年が経とうとしている今、本当に考えなければならない気がします。





reference 

SAVE JAPAN DOLPHINS CAMPAIGN

細木信宏氏インタビュー

thecovemovie.com

太地町漁業組合ホームページ

NY TIMES




TEXT BY KESO

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