THE SALON STYLE JOURNAL

INFLUENCE

Vandalism ~ストリートアートの行く末~

昨今、ストリートアートの世界が変化し始めている。ただ、その変化は単なる表面上のアートがどうこうとかの問題だけでは収まらない感じのようにメデイアが動き始めてる。まず、現代のストリートアート、グラフィテイといえば一般的に連想するのは やはり、有名なバンクシーとなるだろう。
バンクシーといえば、世界各地でゲリラ的に作品を描くことで知られる正体不明のストリートアーティスト。メトロポリタン美術館や大英博物館などに自身の作品を無断で展示したり、壁や路上に違法で絵を描いたりと、常にその行動が世間を騒がせている。また、ユーモアたっぷりにアート業界の暗部を映し出した初監督作『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』は第83回アカデミー賞ドキュメンタリー長編部門にノミネートされた。そして、バンクシー関連で2作目となる映画 「バンクシー ・ダズ・ニューヨーク」が今年の春頃に日本でも公開される。その映画の内容は情報化社会において匿名で居続け、神出鬼没なバンクシーの影響力が語られている。映像内で語られる「人々の反応も作品の一部だ」という言葉の通り、突然出現したアートにカメラを向けて熱狂する人々の姿がその価値を物語っている。一方で、公的な場に無断で絵を描く違法行為のために警察に追われるという場面も。しかし、違法行為にもかかわらず、バンクシーの落書きによって財産価値は上がり、作品を巡って"路上のバカ騒ぎ"が起きるという皮肉な結末に。「都市や屋外や公共の場所こそ、アートが存在するべき場所なんだ。アートは市民とともにあるべきだ」と語るバンクシーが、ニューヨークをジャックして描いた作品の行方は? アートと社会の関係に切り込む注目の一作となっているのも興味深い。reference by シネマトウデイhttps://youtu.be/GMn1NxbLiyAこのように、ストリートアートに対する世論の目やアーテイストの心情も踏まえステージは変わりつつあり、良くも悪くもバンクシーはグラフィテイを芸術の域まで押し上げただけでなく世論や法律までも塗り替えるほどの影響力がでてきたり、その背景にはバンクシー議論とまで言われる。その光と影?民主主義とは?はたまたアートとビジネス?の論議は今世界中で論議されている。
そのアンチテーゼなのか否かはわからないが、2009年から2010年にかけてNYでシークレットながら世界中から集まった一部の有名なストリートアーティスト達によって行われたアンダーグラウンドのアートプロジェクトで、その名も「Underbelly Project(アンダーベリー・プロジェクト)」が行われたりした。そのプロジェクトは18ヶ月の間、世界中から100人以上のストリート系・グラフィティアーティスト達が集まりニューヨーク地下鉄の廃駅使用しユニークなギャラリーを作り上げ、ミューラルや、ポスター、インストレーションなどの作品が見る事が出来るが普通のギャラリーと決定的に大きな違いがあった。ギャラリーは、不法な場所で行われている為に、普通の鑑賞者は入れる事が出来ない。そのためギャラリースペースの作品は、オークションで売られる事もない。場所も不明な為に、アートファンや批評家達も見る事が出来ない。このプロジェクトのアイディアは2人のストリートアーティストによって生み出され、後にギャラリーとなる場所を見つけて、友達と知り合いを参加させた。ただ、ギャラリーが作られている廃駅に行くのはとても難しい。普通の地下鉄の駅のホームから暗いトンネルに入って、鉄道に沿って歩いてはじめて行く事ができるがもし駅員や警察に見られる事があれば、逮捕され、刑罰も当然厳しい。では何故ストリートアーティスト達は、このような誰も見る事も出来ないリスクあるギャラリーを作ったのだろうか?その理由には参加したアーティストによると、このストリートアートの営利主義という傾向にメッセージがあるし本来のストリートアートのルーツに戻りたいというメッセージがあると言う。
そもそもストリートアートのバックボーンはヒップホップカルチャー(ラップ、DJ,ブレイクダンス、グラフィテイ)とともに始まり、1970年頃NYブロンクスやハーレムなどのゲットー地区などの電車のペインテイングなどはその始まりを象徴とする。1980年代に入るとNY ではジャン・ミッシェル・バスキアやキース・ヘリング・シェパードフェアリー・futura2000 UK ではロンドンストリートアート界のパイオニアとも呼ばれている キング・ロボ 同時期にバンクシーも登場し、レジェンドとされる二人のアートワークバトルはイギリスではリアルタイムでドキュメンタリー制作までされグラフィテイー戦争とまで言われた。その加熱がグラフィティの人気は一気に加速しそんな中、日本でも大きなムーブメントが起こった。90年代に過渡期を迎えたグラフィティはアートだけに留まらずファッションアイコンとしても注目される。バスキアやヘリングを筆頭に表現の場を街からキャンバスへ移行した時期と重なるように、グラフィティの媒体もビルや高架から生地へと変化してきた。Stussyなどのストリートブランドのみならずアニエスb.などのハイブランドにも取り入れられたグラフィティは、この時期を境にアートとしてより多くの人に認知される。現在グラフィティアートは本場N.Y.から、日本はもとよりヨーロッパやアジア、南米にも広がっている。グラフィティは90年代に入るまで「芸術」とは認められない存在だった。しかし、メインストリーム社会から外れた若者たちと芸術を再活性化したいと考える文化人たちの接点として、グラフィティは現在アートとして迎え入れられている。貧困や人種的偏見、アート哲学との乖離(かいり)など、混沌とした問題が表現されたアート。それこそがグラフィティなのだが 時代の変貌とアートビジネスの大きなうねりが賛否両論を生む形となってきている。
荒削りでも純粋無垢でメッセージ性の強さがある表現に必然的に人は五感を揺さぶられのではないだろうか?こんな混沌とした世界だからなのだろうか?はたまた、タイミングなのだろうか?日本発のストリートアートの中でも今世界でも話題とされている、281 Anti NUke  3.11の震災後に突如と現れた。世論から光となるか闇になるかはわからないが、和製バンクシーと評されるグラフィテイアーテイストとしての存在はどこか70年代のカルチャーにも似た時代の変革を促すサインにも感じずにはいられない。いろんな見解があるにせよ、今後の動向には注目したい。 そして、最後にvandalism  の本来の概念や哲学はなんなんだろうかと ふと考えてしまうのはなぜだろう。。

  • 2017.4.04